A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

そろそろ引退します

A型施設に通い始めて、1週間ほど。何もかもが新しいことばかり。新しい人、新しい施設、新しい街、新しい習慣。そのすべてについていくのがやっとで。

吐きそうなくらい緊張して、苦しいときもあります。カウンセラーの先生と相談し、まずはそこに身を置くことから始めることにしました。とりあえず、いるだけ、ということです。

ときにはものすごく行きたくないという気持ちが湧き起こったりして。そういうときは無理をするのではなく、週の合間に休みをとったりして適度に施設から離れる時間を作る相談もしました。

働くって、正直とても面倒です。時間が不自由になるし、勤務時間はずっとそれに従事していないといけない。B型のときみたいに、自分の好きなときに作業をするというのとは違うので、身体のほうが時々ついていけなくなります。

さて──1年を超えて何とか続けてきたこのブログですが、今年この記事をもって終わりにすることにしました。

アクセスが増加するときもあったのですが、基本的にほとんどゼロに近いため、ブログとしては失敗だったのだと思います。一応続けてきたのは、私がグループの管理者であり、参加している人がいる限りグループを閉鎖できないからでした。

ただ、A型に通い始めてから家に帰る時間もB型より遅くなりましたし、精神的に記事を考える余裕がなくなってしまいました。また、一応パソコンを使う施設のため、今の施設のことを書いたとして、万が一にでも発見される可能性がなくもないため、今の施設の記事を書くのは難しいかなと思います。

そういうことで、このブログの更新は今日が最後です。今後は、グループに所属する人が別のグループに移ったりして所属人数がゼロになるまで待って、グループを閉鎖する予定です。その日まで一応アカウントだけ残しておきます。

それでは──。よいお年をお迎えください。

 

当ブログ管理者:月村智志(仮名)

去る日

いつかこういう日がくるとは思っていましたが。この日はあっけなくやってきてしまいました。

先日、作業所を退所しました。利用契約を解除したということです。かれこれ10年近く、この作業所は私の居場所だったのに。

帰りに持ってきたのは、わずかにコップとスリッパのみ。思い出の品など何もなく、ただこの2つを袋に入れて出てきました。

施設長や他のスタッフとの別れも簡単なもの。「それでは失礼します」という一言のみ。お別れの握手などということもなく、本当に簡単な終わりでした。

帰り道は涙ひとつも出てこないし、明るくもないし。何を思っていたのか自分でも不思議な感じ。ただ、もうこの作業所には行けないんだという事実と、こんな数えるほどもない所持品だけで今まで過ごした居場所を出てきたんだ、というやるせない気持ちをぼんやり繰り返していました。

正直、もっと声を上げたかったのに。施設長にやり方が間違っていると面と向かってぶつけてやりたかった。でも健常者が障がい者を扱う感情というのは、この人も例に漏れず、単なる管理される対象のひとりというだけ。結局は無駄になったと思います。

誰かに助けてほしかったし、市や国にも入って施設長の主張する正当性を壊してほしかった。でもその誰かはいませんでした。

今手元には何も残っていません。メンバーの人たちにもやめることを黙って出てきましたし。作業所を出てきた途端、それまでのつながりも切れてしまいました。

ここまできたら、A型にはちゃんと行きますよ。お金のために。少々のことは我慢しても十分お釣りがくるでしょう。

でも──結局私は何を望んでたのかな。何が欲しかったんだろう。居場所、人間関係、自信。社会の戦力外無価値主義から守られながら、生きるのに困難を抱える人と生活し、何だかとても安心していました。

本当のところ、私よりできない人はいくらでもいましたし、それでも笑って生きている姿を見て、そんなに自分ができないことを気にする必要もないと思えて楽になりました。とてもありがたいことでした。

この先、A型でうまくやっていけるかな。

寂しいから立ち止まらないようにします。

障がい者という道へ

最近になって、以前に申請していた精神障がい者保健福祉手帳の審査結果が届きました。申請したのは、これから移ろうとしているA型の作業所の責任者が、ゆくゆくは障がい者手帳を取ってもらいたいと希望していることを聞いたからです。

その時点では見学もしてませんでしたが、これから必要になるならと、主治医に相談して診断書を書いてもらいました。このときは、そうしないと移れないのだろうと思い、考えることはしませんでした。

正直、今までにも手帳がなくて苦労したことがあります。まずハローワークは手帳がないことで一般の健常者の窓口に回されますし、障がい者の職業センターのようなところも手帳がなければ一部のサポートしかできないという感じでした。

障がい者の就職サポートが受けられないわけで。要するに一般企業で就職をするという極めて高いハードルを越えることが必要で、まともにコケて痛い思いをするしかないということになっていました。

でも、不思議と障がい者手帳は取ろうとは思いませんでした。作業所には自立支援医療を受けていれば通うことができ、特に障がい者としての証明が必要なかったからです。

そして、もちろん、障がい者になってしまうという暗い気持ちもなくはなかったのです。

今回、意味も分からず障がい者手帳を取って、改めてその意味を考えました。

私は、障がい者として生きることを選んだのだ、と思いました。

もちろん、他の人なら違う道を選んだかもしれません。引きこもりと言っても誰もが精神疾患を抱えているわけではありませんし。環境が引きこもらせているとか、人間関係がそうさせているというだけで、精神が健全な人もいるかと思います。

実を言うと、手帳が取れるのかどうか、とても不安でした。私は他人からまともだとか普通だとか、病気持ちにはとても見えないと言われるからです。それは私の内面や秘密をよく知らないということもあるでしょうが。

あなたは病気じゃない、ちょっと気が弱いだけだという見方をされることのほうが圧倒的に多いです。そのこともあって、私の生きにくさは誰にも分かってはもらえないと神経質になっていました。

今回、精神障がい者の手帳が交付され、何だか少しホッとしました。役所の人が審査するわけですが、一応ひいき目に見られたとしても、私の生きにくさやそのために背負った苦労や苦痛や、精神的なつらさが少しは分かってもらえたのだと。

等級は3級で一番下ですが、私が生きていくのに困難を抱えているということを考慮してもらえたような気がして、何だか嬉しかったです。

ただ。それと同時に、私は自分がこれから障がい者として生きていくのだと改めて思い知りました。自分のケースは支援が必要だということが判断されたわけです。他者の支援なしには生きられないというニュアンスを持ち、それと付き合うことになるのだと思います。

それによって得られたものもあるでしょうし、失ったものもあるでしょう。これからそれが少しずつ分かっていくような気がします。

進まない

受給者証の切り替えが進まない……。

最初ケースワーカーの人の話では、ひと月あったら大丈夫みたいなこと言ってたのに。調査がひとつ追加されて、そこに他の申請が混み合っているらしくて、調査の日程調整も進まない。

11月にA型に移るはずだったのに、調査が11月末頃になるかもって言われて。それどういうこと? 話が違う……。

で、いつA型に移るのかもう全然分からない状態。いいのか悪いのか、嬉しいのか悲しいのか。余計複雑な気持ち。

このケースワーカーの人もなんか信頼に欠ける。今通っているところの施設長が嫌でやめるという理由もあるのに、どこに移るか、A型作業所の名前をよりにもよって施設長に勝手にしゃべってくれてました。

施設長はどこにある作業所なのかももう知ってるみたいで、事情を聞かれたときはケースワーカーから何もかも聞いているみたいな感じでした。

──腹立つなぁ。なんでこの人に頼んだんだろう。

とりあえずハローワークの人が面接の日程をとりつけたので、近々面接に行く予定です。

履歴書を持って行くように言われて、正直なところ、なんで? という疑問が。確かにハローワークの紹介状が要るって言われましたけど。作業所だから普通に自己紹介とかで済むもんじゃないのと急に不安になってきました。

もう船出して陸を離れてしまったのに。面接でダメって言われたらどうしよう。こういう仕事の面接の緊張は何回やっても慣れません。

あぁ、こわい……。何とかなったらいいけど……。

その前にカウンセリングがあってよかった。

いろんなことが動き出してしまって、もう流れているので後戻りできない。

どうかうまくいきますように。

混乱

先日A型の施設を見に行ってきました。地域活動支援センターのケースワーカーとともに。そこの施設長は割と気さくな人に見えましたし、仕事内容で若干思っていたのとは違っていましたが、それでもパソコンを使う仕事という感じがしました。

今の仕事が内職で、歩合制なのに比べたら、時給がもらえるこちらのほうが断然いいとは思います。場所が自宅から結構遠くにあるのが残念でしたが、都道府県の中心部まで延々と行くのに比べたら、まだマシな気がします。

ですが━━。

今、正直とても混乱しています。行きたくないという気持ちがとても強くなってつらいからです。

見ず知らずの土地に行って、見ず知らずの街の中で、見ず知らずの人と時間を共有するということにかなり強い拒否反応が出てきました。今いる街がいいし、今いる土地がいいし、今いる作業所のメンバーのほうがいいのに。

私にとって今の作業所は、誰も友達がなく、社会でも受け入れられなかった私にできた初めての居場所であり、面白いことやたわいもないことで話ができる初めての場所でした。

何で今の場所を離れなきゃいけないの? 初めて自分らしく生きていられるところだったのに。

施設長が嫌でやめたいと言っていたのに、矛盾する気持ちがあとからあとから湧いてきて、とても苦しくなりました。

友達じゃなくても冗談を言い合って笑い合える人がいて。その人とずっとここでたわいもないことをしゃべりながらスローライフを生きていけたらよかったのに。今失いつつあるものの大きさを知って、胸が詰まりそうです。

経済的な困窮があって、施設長の強引なやり方があって。でもここに残れるならそれすらも我慢してしまえるような。そんな気がしました。

でも、やっぱりやめたいとは言えませんでした。受給者証の切り替えに今入っているというのもありますが、家の経済事情を考えると、どうしても致し方ないです。

私の障がいがもっと重ければ。年金を受給できていれば。様々なことが頭をよぎりますが、今現在そうでないものを期待しても全く無意味でした。

今月で退所することになっています。もう少ししたら施設長Hに連絡が入り、事情を説明して──それで終わってしまいます。

とても幸せな時間を過ごしたと思います。腹の立つことも数限りなくありましたが、スタッフや仲の良いメンバーさんとしゃべることができて。いろんなレクにも行きましたし。ひとりだったら行けなかったいろんなところに行くことができました。

もう多分、仲の良い人はできないでしょう。私は他人に気持ち悪がられるので、内側に入れてくれることを期待できないと思います。またひとりに戻ってしまうのが残念です。

──お金と引き換えにしてまで今の幸せを手放したくないのに。

今の私には心理的な支えが必要なようです。

薄情な私

なぜか分からないけど。私は時々薄情になるときがあります。

話は少しさかのぼって。最近日本を縦断した迷惑な台風が、庭のミニチュアのような小さな木をいくつか、縦から横に倒してくれました。根本あたりから倒木してしまったらしいです。

その片づけを父が必死にやっていましたが、私は全然手伝いませんでした。

理由──理由は、考えてみたら、いくつかあります。

ひとつは父親と不仲なので、一緒に土木作業なんかしたくないこと。あと他に、たまの休日なのだから、ゆっくりのんびりしたいという気持ちがあったこと。近所の人に会ったりじろじろ見られるのが嫌だったこと。そして、土木作業なんて体力のいる仕事を汗かきながらやるのが面倒くさいということ。

最後のは、冷静に考えると、薄情だとは思います。

父親熱中症にかかりかけ、居間で横になっていました。それでもまた外に出て、枝を切ったり葉っぱを掃除したりしていました。

普通の父と息子なら、こういうときに協力してやるのも問題ないのでしょうが。私はなんかダメでした。どのみち私に頼んでくるような父でないこともないことも分かっていましたし。

そうして放っていたら、少しは手伝ってあげてもいいでしょうと、母親に小言を言われました。あんたは薄情なんだから、と。

私も突き詰めて考えると、なぜそうまでして必死に断るのか、自分でもよく分かりません。母親に情が無いという風にまで言われて、それでもやりたくない理由って何だろう。土木作業が自分の不得意な体力を使う仕事で、下手なのでプライドが傷つくからかな、とも思いますけど。

結局庭木の処理は父がふらふらになりながらほとんどひとりでやりました。母親は私がのんびり電話に出ていると、今(私の代わりに)やってくれているのだから、少しは配慮しなさいと言います。

家を守るとか、家の仕事をする、というのが私にはなんか苦痛で苦痛で。庭木の葉っぱが多くなってきて剪定するときも、こんな風なことになります。

極端に考えると、そんなに庭木で困るなら、全部引っこ抜いてなくしてしまえばいいじゃん、とか思ったりして。

あんたは家族のために何かしてあげようとは思わないんだね。割と小さな頃から結構言われてきました。自分のために労力を使うのはいくらかありでも、他人のためにとなるとなんかあんまりやる気が起こらない……。

もしひとり暮らしをするのなら、庭木のないアパートがいいなぁ。それもあんまり掃除の必要がないやつ。

家を守るとか家の仕事とかいう、どことなく「男の仕事」に従事するのは気が進まない、というのが私の本音です。

かばう人とけなす人

タイトルの通り、必死にかばう人と必死にけなす人がいます。私は主にけなすほう。まあ何のことか分かりませんよね。

M伴という女性の話です。その女性の家族は両親を除いて子ども2人が統合失調症という精神疾患を抱えています。M伴はそのうちのひとり。もう一人は彼女の妹であるM貴という女性です。以前私が通う作業所のメンバーだったので、M貴のことも私は割とよく知っています。

このM貴というのが、M伴の話を聞く限り、なぜかかなり家族の中でやりたい放題な印象があるのです。彼女が怒ると、みんながなるべく彼女のしたいようにさせ、気が収まるまで待っているという感じ。

実際に見ていないのでどの程度なのかは分かりませんが。でも、なぜか彼女が怒り出すと家族みんなでそれに合わせて配慮という構図になっていて、私は話を聞いたときから妙な違和感を覚えました。

精神疾患の子どもを抱える親は、割と子どもに対して甘くなりがちです。作業所でも、他の家族の話として、包丁を振り回して暴れる我が子に対し、病気だから仕方がないと、ほとんど叱りもせずに済ませている母親のエピソードを知っています。

ほとんどの場合に、そういう親は子どものことを「かわいそう」だと言います。そして、今その子は「本当の〇〇ちゃんではない」という表現をします。みんな病気が悪くて、その子は悪くないと考えているのです。

私は、こういう話を聞くと、ついむきになって口をはさんでしまいます。その人と口論になっても構わないとばかりにです。

私の姉も似たようなものでした。機嫌が悪くなると物を投げつけたり、本をビリビリに破いたり。母親が姉をなだめて慰めるまで延々とやってました。はっきり言って地獄でしたし、姉を憎む理由のひとつもこれです。

ところが。本人はこちらが文句を言ってもまるで知らん顔。関係ないとかおまえには分からないとか。私が言うと角が立つからと母に止められたりして。

何で自分の問題なのに関係ない人まで巻き込むの? 相談するならともかく、自分勝手に八つ当たりしておいて何が仕方がないの?

私は姉を理解することを拒否しました。こういう理由からなのか、自分の問題で他の人間まで巻き込んでくる人が許せません。

M伴も彼女の母親同様、M貴のことをかわいそうだと言います。いつもはやさしいとか、本当のあの子は違うとか。

何だろう。病気のときはみんな偽物になるというのは。あえて自論で批判しますが、本当の誰それ、偽物の誰それというのは存在しません。病気が出て暴言が出たり暴力を振るったりする人も本物の人間です。

病気が引き金になりはしても、病気がなかったらまるで怒らないかというと、そんなことはありえません。怒る人が病気だったらみんな精神異常者です。

問題は、家族がみんな何でもかんでも許してくれたとしても、外ではそうはいかないことです。家族の前では好き放題できたとしても、外では思い切り叱られます。そういったとき、自分は悪くないという環境であるならば、外の世界と思い切り摩擦を起こすことになります。

M貴は自分の怒りやそれに対するコントロール力のなさを自覚して、多少なりともアンガーマネジメントできる方向に向かうべきだと思います。家族のためにも。

こんなことを怒りにかられながら言おうかと思ったのですが。結局やめました。関係ない者がいくら口をはさんでもまるで意味がないと気付いたからです。

M伴はかばうひと。私はけなす人。私みたいに一方的にけなすのも悪いでしょうが、一方的に性善説みたいな考えでかばうのも、私はどうかなと思います。