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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

居場所ができること

作業所に通う前はずっと図書館に入り浸っていました。つまらない仕事をするのが嫌でしたし、かといって他に居られる場所もなく、図書館は仕方なく出かけるにはいい場所でした。でも毎日毎日図書館に出かけるのは結構つらく、精神科にかかったこともあって、福祉施設に自分の居場所を求めたのでした。

今はもう5年以上も作業所に通っていますが、自分の居場所としていいところだと思う反面、あまりよくないと思うこともあります。半々ぐらいでしょうか。居場所として無条件でいられることはとてもありがたいことです。どこにも行き場所のない自分としては、通える場所があることはとても嬉しいです。

ただ、喜ばしいことばかりではないことも、今はよく分かります。人間関係のしがらみや、利害関係、愛着関係がややこしく、自分の嫌いなことや不快なことをする人たちとつきあうことも必須条件となってしまうのが悩みの種です。

前に一度作業所等で仕事をすることについて、講習会に当事者のパネラーのような役割で参加したことがあるのですが、そのときは障がい者の人は作業所に通うと良いみたいなことを発表していました。自分が居場所を得られた経験からです。

でも。今は同じ内容を他の障がい者家族の前で発表する気にはなれません。良い人間関係に恵まれれば、自分の居場所ができて役割ができて、自分に接してくれる他者ができるのですが、悪い人間関係だと、逆にそれがストレスとなってより人と接するのが嫌いになってしまうでしょうから。

自分の言葉を受け止めてくれる他者の存在というのは、結構人生を変えるほど大きなものだと思います。ただ、ここでいろいろ書いているように、不愉快なことをされることにもある程度耐えなければいけないし、他の人とうまくやっていけない場合にどうするかというのを相談できる人が必要になると思います。

かくいう私自身が、他の人とうまくやっていけず、どうしても見知らぬ人の輪の中に入っていけなかったので、それをいつもいつも聞いてくれたカウンセラーの先生の存在なしには今の私はいないと思います。

今も大して人との関係は良好ではありません。ただ、あまり緊張しなくてもしゃべることのできる人がいるため、割と前より自信を持って他の人との距離を悲観せずにいられるような気がします。

家に閉じこもっている精神疾患者にもし私が声をかけるとするなら、作業所に通うより、週に一度だけでも何かのグループに参加するということを勧めたいです。無理に施設に通うより、何かのプログラムに参加するという目的を持つ方が、ストレスに悩まされる時間が少なくてすむような気がします。