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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

大人になりきれない大人

私も含めて、うちの作業所に通っている人はどこか幼いところがあるように感じます。それは一般社会からある意味隔離された空間の中にいるからということもあると思いますが、普通の成人と言うにはどこか未熟で未発達な部分があると思います。

かくいう私も、作業所の中ではまともだと言われていますが、一般社会でうまくやっていけない人間です。他の人とのコミュニケーションや仕事のことを把握できず、どこか浮いた人間になっているのです。まるで子供が社会に出て訳が分からずに右往左往しているかのように。

他の人も何かしら社会でやっていけないところがあります。それは感情や思考をコントロールできないからというのもあると思いますが、周囲の人とギャップを感じるというのはあると思います。

幼さとしては、アニメ好きだったりジャニーズの追っかけをしていたりといったものから、自分のものに執着するとか独り占めにしたがるといった精神的・感情的な幼さもあります。アニメやジャニーズが好きというのは特に問題はないでしょうが、40代や50代の人がそれを求めているとなったら少々話は違ってきます。

うちの作業所は、私が思うに、大人ばかりの幼稚園みたいな感じです。愛着関係や優劣関係で感情をむき出しにしたり、小さなことでケンカしたり。一般の人がみたら幼稚園児みたいと思うようなことも作業所では起こります。

大人になることを誰にも教わることがなかった人間というのは、こういう風になるのでしょうか。周囲になじめず浮いてしまった人や、年齢だけが過ぎて大人になってしまった人など、どこかで自分でやっていくことに不安や恐れを抱いている人たちです。大人としての振るまい方や大人の所作を知りません。こうなると、社会に出るにはかなりの緊張と苦痛に耐えなければいけません。

社会の厳しさにさらされなくていい分、障がい者は楽かもしれませんが、その代わり、楽園は社会から切り離された施設の中にしか存在しません。社会と接点を持とうとすると、そのギャップに混乱することになるのです。

アニメのことや稚拙な冗談話、特定の芸能人や流行に執着したりといったその繰り返しに終始して毎日を終え、ふと空しくなる人も少なくありません。同じような症状を持つ人たちとその痛みを分かつことができるので、生きていかれるような気もします。

大人になるってどういうことなんだろう。時々考えます。私は社会に出るために何が不足しているんだろうといったことも合わせて。小さなことで口論したり、バカ話を繰り広げるという作業所の日常の中で、障がい者は何ができたら幸せと感じるのか。他の人を観察しながら、ふと、作業所に通う自分や他の人のことをぼーっと考えています。