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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

ワーカーとの距離

精神的な障がいに特化したソーシャルワーカーのことをPSWとか精神保健福祉士とか呼びます。国家資格なので、これを持っているといろんな事業所で精神保険に関する仕事をすることができるらしいです。でも詳しい仕事内容は知りません。正直、こういった人たちが好きではなく、知りたいと思わないからです。

市役所の精神保健福祉士と2回、私が通っている作業所の元職員で上記の資格を持つ人と1回、口論になりました。口論の原因はその時々で違いましたが、私にあまり好意的な雰囲気でなかったのは共通して言えるような気がします。

彼らに相談をしに行って、自分の感情なり想いなりを口にしていました。最初のうちは大丈夫でしたが、段々と回を重ねるごとに彼らがやけに外からの客観的な立場をとることを不審に感じ始めました。距離をとってあまり近づかないようにしている感じ。こちらから近寄っても距離をあけて決して近寄ってこようとしません。

私は自分自身のことをかなりオープンにしましたが、あまりその部分に関心を持ってもらえません。そうして段々と上から目線で指示的にこちらに言動の改善を促すようになり、こちらもその要求に腹が立って最後は互いの批判みたいな形でケンカ別れとなりました。

何より嫌だったのが、他の人と比べて、あなたより重い病気の人だっているとか、重い障がいの人の方がつらいはずですとか言われ、時にはあなたには病気のことは分からないでしょうけどという風に、こちらが何も知らないのに口を挟むということを言われ、こういった人たちに相談する方が間違っていたと思いました。

あなたの主観を聞くことが仕事ですというようなことを言っておきながら、やってることはこちらの言動の矯正だとか否定だとか。助言という忠告をしてきますが、それも私の背景にある生きにくさにはちっとも注目してもらえず、主観が間違っている旨の発言をされます。

自分の正直な想いを口にして怒られるわけです。

確かに私は他の人より障がいが軽いかもしれません。社会復帰しようと思えばできるのかもしれません。でもそうできていない何かを見つけようとはしてくれません。私が会った精神保健福祉士は皆私の人生には踏み込もうとしないのです。私が近づけないところから離れた私に指示をして事足りると思っているようです。

表面的には手をさしのべてくれますが、その手はつかめないほど遠いところにあります。彼らが私の元までやってくることはないでしょう。私は精神保健福祉士に相談するのをやめました。私に近づこうとしない人に話しても意味がないと思ったからです。

私が受容的でない人に敏感すぎるというのもあるでしょう。精神保健福祉士をカウンセラーと同じように見るのも間違いかもしれません。でも、私の心の底にある生きにくさに向き合うことなしに私自身を評価して正そうとのみする人たちには私のことは分からないと思います。

私も重度の障がい者や病気のことを知らないかもしれませんが、精神保健福祉士の彼らも私のことは分かりません。私が無知だとするなら、彼らは何を知っているのでしょう。私の何も分からない彼らが、多くのことを知っている偉い人だと私は思いません。

私が壊れるとき、私の悲嘆に目を向けてくれる人を大事にしたいです。