A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

心理士に相談するという選択

相談をする相手というのは精神障がい者にとって重要なことです。不安やストレスを伝えてSOSを発することのできる人がいるということは、心理的な安心をもたらしてくれますし、ときには心の支えとなってくれます。

ですが、心理学や精神医学を学んだということでその人が相談相手に適しているかというと、必ずしもそうではないみたいです。前にも書きましたが、精神科医でも患者を傷つける発言をする人はいますし、精神保健福祉士は社会資源については専門ですが、心理的な問題についての相談に長けているというわけではありません。

もちろん、それは心理士にも当てはまります。臨床心理士の資格は取るのが困難だからなのか、医者みたいに自分が偉いと勘違いしている人の話も聞こえてきます。ただ、私はそれでも相談相手に心理士を選択し、これからもそうしようと思っています。

その理由は、来談者に対しての配慮があることが挙げられます。薬だけの診療をすることも可能な医者と違い、心理士の仕事は聴くことです。ですから、少なくともこちらの話に耳を傾けてくれるのです。そして良い心理士なら特に来談に来た人を理解しようとしてくれます。否定しないでいてくれる空間を作ってくれるのです。

医者やケースワーカーは助言をすることが仕事だからなのか、ああしなさいとか、こうするべきだという風に言ってくることがあります。でもそれが相談に来た人を逆に苦しめ、傷つける場合もあります。そんなことは分かっているけれど、そうはできないでいる人にとっては相談に来て余計につらい思いをすることになります。

私は私のことを知ろうともせずに助言を投げつけてくるケースワーカーに反感を覚えました。私のつらいエピソードも時間が経っているからという理由でばっさり切り捨てられたこともあります。個人の人生の物語を聴いていては仕事が減らないのかもしれません。でもそれでは心を開くことはできないと思います。

精神障がい者も社会からいろんな否定を受けています。その否定を否定することができず、精神的に苦しむ人も少なくないでしょう。自分自身を否定されたり、人格を否定されたり、拒絶されたり疎外されたり。そういう危機的な個人の自己を考えずに一方の考えを投げつけるのは、危険なことだと思います。

相談を受ける仕事の人には、そういったことを分かって欲しいと思っています。相談によって他人に対する信頼感をなくさせては苦しむ要素をさらに増やしただけです。

相談によって自分自身を大切にできるような助力が得られたらありがたいです。