A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

寛解という夢

基本的に私は家庭と作業所以外にこれといった接点がないため、健常者の人たちにわざわざ自分の精神疾患について詳しく説明したことはありません。親は私が精神疾患を抱えているということは分かっているようですが、詳しい内容までは知らないようです。

精神疾患については、キチガイとほぼ同義語と考えている人も少なくないようで、過剰にネガティブな反応をする人もいます。そういった人ばかりではもちろんないのですが。残念ながら私は近所の人にあまりよく思われていません。キチガイだから近寄らない方がいいと思われているのかもしれません。

こういうとき、精神疾患で人生のレールをまともに踏み外したとか、絶望しか感じなかったりしますが、それでも一応薬やカウンセリングなどで何とか普通の日常を生きて過ごしています。

ただ、この状態が治るとはあまり考えていません。精神疾患を持つ人にとっては「寛解」と呼ばれる、症状がほとんど出ない状態になることが一番の理想なのですが、現実問題としてなかなかその状態に近づくことは難しかったりします。

その理由は、その人の生き方や考え方、癖などがなかなか変わることがないからです。私ももうカウンセリングを受けて10年になりますが、誰かに嫌われているとか拒絶されているといったネガティブな疑念はなかなか消せません。ふとしたときに出てきて自分の気持ちを偏ったものにねじ曲げてしまいます。

鬱や気分障がいなどは薬の影響でかなり楽になることはあります。ただ、精神的な混乱や抑鬱状態が全部それで消えてなくなるかというと、必ずしもそうではありません。悲観的な考え方をしたり人間関係に不器用だったり、精神的に耐えられないような環境にある場合、寛解に至るまでには長い時間と努力が必要になります。

私もカウンセリングでかなり自分の気持ちをオープンにできるようになり、自分の心を少しずつ安定的に保つことができるようになってきましたが、ネガティブな考え方というのは残っていて、こういうときにこう考えてしまうというのを確認して修正する作業はまだ継続中です。

私が通う作業所でも寛解している人はほとんどいません。多くが10年以上の精神科通院を重ね、しかし日常を送るのが精一杯なのか、心理的な問題についてはカバーされないままでいます。そして神経症が主な私でさえ、心理的な問題を解決できていません。

結局のところ、寛解は夢というのが正しいのかもしれません。一生精神科と付き合う人もいるでしょう。風邪なら数週間で収まりますが、精神疾患は実質、年単位の長いスパンが必要となるのです。

でも夢は見てもいいような気もします。薬は手放せなくても、日常的に安定している人もいますから。