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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

発達障がいみたいなもの

今では忘れ物をしたり早とちりをして困るということは少なくなりましたが、小学生のときはかなりひどいものでした。忘れ物はしょっちゅうで、通信簿にもよく忘れ物をなくしましょうと先生に書かれていたものです。子供の頃はそういった「気を付けなければいけない事柄」に割と無頓着で、かなり痛い目を見ました。

今では笑い話ですが、小学生のときの失敗で一番ひどかったのが、ランドセルを忘れて学校に行ったこと。近所の子と一緒に登校する際、会話するのに夢中で持っていくべきランドセルを持って出るのを忘れました。しかも家のサンダルを履いて出かけ、気づいて戻るときはすごく恥ずかしかったです。

他にも書道の道具を忘れたり筆箱を忘れたり、家庭科での調理実習の際に自分に割り振られた材料を買うことすら忘れて学校に行ったこともありました。自他ともに認めるぼーっとした子でした。まるで注意欠陥障がいの人みたいに、何かに集中すれば何かを忘れるというありさま。連絡帳に書いていても遊びに行くと簡単に頭から抜けてました。

低学年の頃はそんな自分にも気づいていませんでした。でも高学年になるにつれて自分がいろいろと抜けていることを自覚し始め、何度も注意をするよう自分に強制するようになり、ここで今度は心配性だという風に言われました。やり方とかを口頭で説明されても心配で、各手順が終わるごとに先生に聞きに行ったりして。

自分が発達障がいじゃないかと思ったときもあります。調べていないので結局のところ自分がどうなのかは分かりません。今は小学生のときほど忘れ物や早とちりなどで失敗することは少なくなり、気のせいなのかとも思いますが。ともあれ小学生のときは注意力に乏しかったのは間違いありません。

ところが、なぜか各教科の記憶力だけは良かったのです。テストでいい点を取るのはそう難しいことでもなく、割と秀才の方だと思われてました。でもちょくちょくドジな失敗を派手にしでかすので、ギャップの激しい人だと思われることも少なくありませんでした。

どうして小学生のときはこんなだったのかな。今でも不思議です。頭がぼんやりとして曖昧な感じ。自分の輪郭がぼやけている感じ。人の言うことが一度で理解できなかったり、いくつものことを同時に覚えるのが心配だったり。自分の言動に自信が持てず、他の人ができることができない不安にしょっちゅう怯えてました。

発達障がいなのかもしれないし、そうでないかもしれません。とりあえず発達障がいみたいなものと、人に聞かれたらそう答えることにしておきます。