A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

ひそひそ禁止

作業所内では様々な会話が飛び交います。一人の人がしゃべっているのを全員が聞いているということはほとんどないので、会話の内容も相手によっていろいろと変わります。そういった会話が同時にわーっと発生しているときもあります。試しに音だけを拾ってみると、多分いろんな声が混ざっていて分からないと思います。

ただ、人によっては別の会話の内容に敏感に反応する人も。そういった場合で一番多いのが、小さな声でひそひそと話しているとき。話している人や漏れ聞いた一部の内容で自分の悪口を言われているんじゃないかと気にする人が割といます。かくいう私もその一人。他人の会話で自分の名前が出てきたとき、話し方によっては何か言われていると気になります。

私も人の評価を割と気にしてしまうので、そういったネガティブな情報には過剰に反応してしまいます。でもそういう人は私一人ではないようです。例えば女性どうし、付き合い上仲良くしている人なんかは、相手がぼそぼそとしゃべっている姿を見て、何か言われてると、自分のことだと確信することは少なくありません。

こういうとき、私はどうするかというと、とりあえず何も言わずに放っておくことにしています。私を嫌いになる権利もあるだろうという、自分が考えた理屈でもって。でも明らかに自分の不利益になって信用を落とされたりしそうなときは反論しようと口をはさんでしまいます。黙って受け入れるのは不安で、そうはできなくなります。

他の人はどうなのかと見てみると、私より許容限界は短いようで、わたしのこと言ってるのと問いただしに行ったり、悪口を言われているとスタッフや別の人に相談しに行ったりしています。状態が悪い場合は直接ひそひそ話をしている人と口論になります。同じメンバーどうしと言えど、人間関係は濃密でもあり希薄でもあります。紙一重です。

私のことでない場合は、相談を受けたときに「気にしすぎだよ」とか言えるのですが、本人はなかなかそうは納得しません。それも仕方がないでしょうか。私も自分がそうなったとき、気にしすぎと言われてもそう納得するには抵抗があります。

他人の評価なんてどうでもいいという達観した人なら、こんな小さな話、関係ないのでしょうけど。社会に適応できずに人間関係をいろいろと失敗した人たちにとって、自分がどう思われているかは思いのほか気になることだったりします。そのため、他人の内緒話が気になるのです。

できるなら他人の評価を気にしないでいられたらいいのにと思います。そういう人間関係の危うさを作業所は抱えています。