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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

ピアサポーター

ピアサポートという言葉があります。分かりやすく言うと、当事者による支援という意味になるでしょうか。つまり精神の病気の人が同じ精神の病気の人を支援するということです。私の住んでいる市でもとある団体がそのような当事者支援を広めようという活動をしていて、この言葉を知ることになりました。

このような支援は今に始まったことではありません。これまでも障がいを持つ人が他の障がい者の相談にのるということはありました。ただ、同じ当事者として他の人を支援することをもう少し具体的、あるいはより適切に行おうという風になってきたのは割と最近のことかもしれません。

ピアサポートというのが具体的に何をするのかは私もあまりよく知りません。でも同じ精神疾患を持つ人なら、精神疾患に苦しむ人の気持ちがより分かるだろうということは理解するのにそう難しくはありません。普通の人には分からない、同じような病気にあるからこそ分かる苦労やつらさを共有できるという意味では、下手な精神科医や相談員よりも問題の本質にアプローチできるかと思います。

私の知っている人の中にも、ピアサポーター養成講習に参加してピアサポーターになった人がいます。どこかでピアサポーターとして活動しているかもしれません。ちなみに私の通っているところにも、そのピアサポーター養成講習の案内が来ています。

ところで、かくいう私はと言うと。あまり興味がなかったりします。精神疾患の人を支援することはある意味普通に作業所でやっているような気がしますし、何よりあまりピアサポートという活動に対して肯定的になれないからです。

ピアサポーターになるということは、まず第一に自分自身がある程度安定していなくてはいけません。そして、自分の病気と他の人の病気を混同してしまわないことが必要だと思うのです。この点に関して、きちんと講習で強調されているかということに疑問があります。多くの人が自分の病気と相手の病気を混同してしまっているような気がするのです。

混同すると何がよくないかというと、結局自分の物の見方で相手の病気を見てしまい、支援をするというより、自分の価値観を押し付けるような形で相手をコントロールしてしまいます。同じような病気ということで親密になった分、踏み込んではいけないところまで侵入してしまわないか。それが一応私がピアサポーターにならない理由です。

それに何より、私自身があまり自分のことをよく知らない人にああだこうだ勝手なことを言われたくないというのがあります。まあ精神科医の「指示」も結構ひどいものがあって、ピアサポーターがいて救われるという人は少なくないと思いますが。

支援者は支援の手を常に出しておいて、その手を握ってきたときだけ支援するというのが一番いいのでしょうか。難しいです。