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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

セルフネグレクト

恥ずかしながら私はまだ親元にいます。30を過ぎているのに未だに独り立ちできていません。その理由は金銭的なものももちろんありますが、ひとりでの暮らし方というのが頭の中で全くイメージができないというのもあります。でも、一番の理由は、私が「セルフネグレクト」かそれに近いからだと思っています。

私は自分自身のことに関して全く生活力がありません。ひとりきりになると、生活のいろんなことがこの上なく面倒で、全くやりたくなくなります。食事を作ること、洗濯をすること、部屋を掃除することなどなど。生活にはありとあらゆる雑用があふれていますが、これらを全て放置・放棄してしまうわけです。

当然部屋は散らかり放題、埃だらけ。食事はコンビニやスーパーのインスタント食品や出来合いのものといった具合。そのゴミの処理も面倒で数か月もすれば山積みになりそうな気がします。自分の世話をすることが煩わしくて煩わしくて、全然やろうという気力が湧いてきません。

今は親が食事を作ってくれているので何の苦もありませんが、親と死別してひとりきりになったらと思うとぞっとします。途端に私の家は荒れ放題になるでしょう。実を言うと、親との折り合いが悪いので、生活保護ででもいいから家を出たいと思ったりしていますが、その先の生活をどんな風にしたらいいか全く想像もつきません。

親は私の部屋は掃除しないので、自分で掃除しなければいけないのですが、埃が塊になるくらい積もっていても、私は平気。かえって掃除をする方が労力や気力を使うのでしない方が穏やかでいられるのです。自分の部屋に掃除機をかけるのは年末の大掃除のときだけという年もありました。当然父親から雷が落ちるときがあります。

布団のシーツも取り換えなくても気にならないし、わざわざ取り換える手間をかけるくらいなら今まで通りでいいと思うこともあります。シーツを交換しないと不潔だとテレビでやっていて、春夏秋冬で各季節一回ずつ換えようかなぁという具合。毎週換えるのはとてもできそうにありません。

どうしてこんなに自分の世話を自分から放棄しているのか、答えはまだ出ません。ゴミ屋敷とかのニュースを見ていると、将来の自分のような気がしてあまり他人事ではない気がします。気を付けないと、あんな風になってしまうかも。でも自分の世話は今のところ煩わしくてやりたくないことのひとつです。

作業所の人は訪問看護とかヘルパーさんが来てくれるようなのでとてもうらやましい。ひとりきりで生活するときには、私も支援が必要かもと、弱気なことを考えています。