A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

知的障がいに思うこと

私が通う施設は精神障がい者が多いのですが、知的障がいの人も何人かいます。そのうちふたりはやめさせられ、別のひとりはつい最近施設長Hともみ合いになるほど衝突しました。自分の意見が聞き入れられないからか、内職の部品をぶちまけて他の人のコップを割ってしまったのです。

それが、以前にも書きましたM哲という知的障がいの人です。何が原因でこうなったのか、はっきりとは知りませんが、メンバーのひとりがスタッフにM哲を批判するようなことを言った、とM哲が思ったようです。あいつが言うのはおかしいんじゃないかととても怒っていました。でも発言したメンバーはそんなことを言っていないと否定し、スタッフもそういう意味ではないと否定しました。

それでも彼は納得しようとしませんでした。そのため施設長Hが間に入り、話が余計こじれていったのです。彼は証拠があると言っていましたが、それは彼のことを発言したメンバーには全然関係ないことでした。全然関係がないところで自分の正当性を主張し、関係ないという施設長との間で口論になっていきました。

施設長Hに帰りなさいと言われても嫌だと拒否し、やがてコップを割るような事態になったのです。彼だけではありません。冒頭のやめさせられたうちのひとりも、大分前に職員につかみかかり、通所禁止を余儀なくされてしまったのでした。

このふたりに共通のことは何だろうと考えることがあります。ひとつは知的障がいということで知的に劣っている劣等感です。スタッフにつかみかかった人もよく人をバカにしてと口癖のように言っていました。M哲もバカにしてると食ってかかることが時々あります。自分が持っていないことにかなり神経質になっているように見えます。

もうひとつは、不満やSOSをすぐに発信できないこと。誰かに相談するための言葉がうまく出てこないため、相談自体をやめてしまうことも。あるいは上に書いたように暴れたり突き飛ばしたり、人に危害を加えることで自分の不満を表に出します。自分で感じたことが絶対的なものであり、話し合って解決するということが通じません。

知的障がいの人の言葉は時に意味不明で、根気強く聴かないと理解できません。まだ障がいがマシに見えるM哲も、固有名詞などはほとんど出てきません。推測するこちらは結構大変だったりします。そしてこちらの論理や倫理はなかなか理解してもらえないことが多いです。

時々こういった障がいの様態のズレは相手への無理解を引き起こします。あれはバカだといった決めつけも残念ながら精神障がいの人から発せられることがあります。私はなるべく中立でいようと思いつつも、その実M哲は好きになれません。

障がいはなりたくてなったわけではありません。せめてそのことだけは心の奥で覚えていようと思います。