A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

スタッフになる人

作業所にはいろいろな地域の施設通信が送られてきます。その内容は、ほとんどが活動報告という意味合いが強いのですが、それ以外に独自のコラム欄を設けているところもいくつか見受けられます。中には枠いっぱいに文字をぎゅうぎゅう詰め込んでいるものもあります。そういったものは読むのが疲れるのでほとんどスルーしています。

でも暇なときに気まぐれで読んでみたコラムがありました。それはどうやら障がいのある当事者が書いたもののようでした。精神保健福祉士の資格に挑戦して失敗してしまったというような内容だったと思います。そこには施設の職員になるという夢があったということも書かれてありました。

そういえば、と思い出しました。作業所に送られてくる精神関係の月刊雑誌にもピアサポーター目指して精神保健福祉士の勉強をしているという人の話がありました。コラム記事を書いた人はその雑誌の中の人のように精神障がいや福祉施設に携わりたいという思いがあったのだと思います。

障がい当事者が福祉施設の職員になるということは、決してないわけではありません。症状が割と落ち着いていて普通の日常生活が送れる人は、そうでない、まだ手助けが必要な人のサポートができます。健常者でなければそうしたことは許されないと決まっているわけでもないので、当事者が支援者になることも十分可能なのです。

そのコラムの筆者がどういった施設の職員になりたいのか、詳しくは書かれてありませんでしたが、何も問題はないと思いますし、精神保健福祉士でなければなれないということもないので、機会があるなら挑戦してみたらいいのにと思いました。どうやら大学卒の人みたいでしたし。

ちなみに私はというと。職員になって仕切る立場になりたいと思ったことはあります。調整役としてある程度役割を果たせるような気もしました。でも、今通っている作業所では職員になろうとは思いません。その理由は、メンバーとしての人間関係の力関係がすでにできあがってしまっているからです。私が突如スタッフになったとき、その力関係が邪魔になります。今までの関係と同じようにはいかないからです。

それに私は全然人望がありませんし。スタッフやメンバーに頼られることはあっても、それはメンバーとしての私でしかないのです。スタッフと同じように頼られることは今のところありません。

職員になる人は、どんな精神性が必要なのでしょうか。精神保健福祉士を目指すのは、頼りになるという保証が欲しいからなのかもしれません。いざというときに自分がつぶれないでいることも大切です。その点で、スタッフになる当事者はある程度の耐久性を求められるかもしれません。