A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

占い

作業所では宗教を信じている人がいます。信じているものに違いがありますが、超自然的なものに対して神秘的な魅力を感じる人がいます。その影響からか、占いが好きだと言う人も何人か。生活のすべてを占いに依存する人はまだいませんが、占いに影響を受けやすい人は割といるみたいです。

どんな占いが好きなのかは多種多様。テレビでやっているカウントダウン形式の12星座占いを見ている人、新聞の占いの欄を気にする人、以前テレビに出演していたはっきりした物言いの占術士の本を買っている人、動物占いや姓名判断、血液型占いなどの本を多数持っている人、などなど。

あまり占いは見ないという人も、雑誌に占いのコーナーがあると、自分の星座を探して見ていることがあります。それで今月はついているとかついていないとか、一喜一憂するわけです。新聞の場合は毎日載っていて、ほぼ毎日自分の運勢を確かめているという強者も。

私も占いには魅力を感じます。一時期は大分見ていましたね。ホロスコープとかタロットとか。どんな結果が出るか知りたくて、自分でやってみたこともあります。でも今は以前ほど占いに傾倒することはなくなりました。その理由はいたって単純。全く当たらないから、です。

ネットで占いのコンテンツを試してみたこともありましたが、それほど当たったような気がしませんでした。自分で占ったときは全くの無駄でしたし。テレビや新聞でやっている血液型や星座の占いも、一流の占い師が占っているのでしょうが、当たったと思えるほど結果が符合したことなどありません。最終的に面倒になってそれっきりです。

今も占いを見ることはありますが、ほとんど直後に忘れてしまいます。覚えているほど心に刻む気もなしです。でもこの方がいいような気もします。未来に不幸が待ち構えていることを先に知ってしまったら、気になって仕方ありません。それにそうだといって家に引きこもるわけにもいきませんし。

その当時の自分は、占いに一体何を投影していたのでしょうか。神秘的な力を信じたかったのはありますし、それが自分の味方をしてくれると根拠もなく思っていました。なのでシンボルを解釈した結果が現実になると信じ込んでいました。ほとんど占いという宗教に入ったようなものです。

今もそういった超自然的な力を信じたい気持ちは残っています。宗教と占いとは近い位置にあるのか、時々間違った方に傾いてしまうことも。信じるというのは単純に見えて実はいろんなチャンネルにアクセスしてしまう危険があることでもある。なんだか今はそんな風に思います。