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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

長所と言えるもの

今ではすっかり就労活動をさぼっている私。でも以前は一般の求人に応募するためにせっせと履歴書を書いていたものでした。ことごとく落ちるので、何枚も何枚も同じ内容を書いて。そのたびにコピーしてやろうかと思っていました。ただ、履歴書にもいくつか書きにくいところがあって。その中のひとつが、自分の長所を書く欄です。

自分の長所をいくつか挙げなさいと言われたら、どんなものを挙げるでしょうか。優しいとか、真面目とか、行動力があるといったありきたりなことがまずぱっと思い浮かび、その中の何人かがどうもしっくりこないと考えて込んでしまうかと思います。

私の場合はもっと悩みます。精神疾患のある人すべてがそうだというわけではありませんが、精神的な病を抱える人は、自分自身の評価、自己評価が割と低かったりします。自分は他の人より劣る、何のとりえもない人間だという風に。そういった傾向は私にも直接当てはまります。私も自分の長所というと、なかなか思い浮かぶものがありません。

例えばITに割と詳しいとかいったことはありますが、専門家というほどではありませんし、自分はこれが売りだと胸を張って言えるようなものは持ち合わせていません。自分自身に自信が持てないので、ほめ言葉を信じることができず、自分も自分のことを信じられません。他の人が挙げるような長所はなんだか自分とは違う気がして、すぐに否定してしまいます。

日本人は謙虚で謙遜してしまうから自分の長所に気づきにくいと言われますが、精神疾患のある人はそれに輪をかけて自分自身の長所に気づくことが苦手なのです。先ほども書きましたが、他人がどれだけほめてくれたとしても、自分と違うような気がしたり信じたりすることができないため、自分の長所として受け入れることは難しいです。

履歴書に書くときは、いつも「決まった作業を黙々とこなすのが得意」とか書きますが、本当にそうなのかと疑うと、なんか違うような気がします。黙々とこなすことができるときもあればそうでないときもある。あれ、じゃあ長所じゃない? こんな風に疑問符がついたままとりあえず書きますが、この点を面接で追及されると返事に困ります。

自分には何ができて何ができないのか。自分が他の人に良く思われているのは何なのか。こういった評価視線を自分に課すのは、実は結構しんどいことです。自分自身の中に確かな手ごたえがなければ、泥沼の絶望にはまりこんでしまいます。

作業所では私は私のまま。良くも悪くも私です。そこには能力で差別化するような評価主義はありません。私がどんな人間でも、その場に受け入れられています。こういうところにいると自分を飾らずにすんで安心します。

社会人としてビジネスをするというのは、結構エネルギーが必要ですね。自分を言葉で飾ったりよく見えるよう売り込んだりして。今度履歴書を書くときは長所に何を書いたらいいのか。未だに悩みの種です。