A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

世話焼きの病

作業所にK治という女性が通所しています。彼女はどちらかというとおっとりタイプ。動作もきびきびというよりは、のろのろといった印象がある人。感情的に泣いたり怒ったりしますが、あまり激しくはありません。彼女のことで一番特筆すべきは、何かにつけて人の世話を焼きたがることです。

彼女は困っている人を見つけると割とすぐに近づいていって手伝おうとします。そういった人を放っておけないのかもしれません。よく声をかけに行っているのを目にします。そういった彼女を好印象に感じる人もいるようです。私も最初は情の厚い優しい人なのだと思いました。

今はよっぽどのことがない限り、彼女には何かをしてもらおうとは思いません。イライラしてしまうからです。

彼女は困っている人に声をかけると書きましたが、実はそれほど困っていないということの方が多かったりします。そして「私がやってあげる」というお決まりの言葉。断っても「やってあげるわ」と勝手にやり始めてしまいます。こちらとしてはお礼を言うほかなくなります。

こういうところが嫌なのです。こちらが頼みもしないことを彼女は勝手に代わってやろうとします。人の苦労を取り除いてあげようという優しさからなのだと思いますが、こちらは自分でできるのに作業を横から奪われてしまうのです。彼女の善意のために。

彼女は礼を言われて気分がいいのでしょうが、こちらは、なぜ頼んでもないのに人の仕事に干渉してくるのか納得いきません。そしてさらに。彼女は人の世話を焼きたがる以上に、自分のできないことを人に頼んで肩代わりさせようとします。自分でよく考えてもみないで私にあれしてくれない、これしてくれないと、いとも平気で頼んでくるので怒りを覚えたことがあります。

世話が好きなことは別に悪くはありません。でも、自分のことをきちんとできてから他の人の手伝いをしてよと思うのです。他人の世話をすることで、賞賛されたり感謝されたり気持ちがいいでしょう。でも、その人が必要としていないことまで割って入り込むところは無神経です。

病的に世話好きな人は他人のほめる言葉に依存しています。他人を助けることで、他人の役に立っている自分という立場や役割を得ています。でも、他人の世話に傾倒することで、自分の問題から目をそむけているということは、なかなか意識されません。自分の問題を他人の世話をすることですり替えたりごまかしているという場合があるのです。

彼女は他人の世話をしないと精神的に安定しないのでしょう。そこに何の問題があるのかは彼女の主治医にしか分かりません。私はそういった彼女の「病」から距離を取るため、彼女の善意の中に隠れた「依存」に密着しないようにと気を付けています。

悪い人ではないのですが。彼女が他人の世話をしないでいることは、多分その生涯が終わるまで難しいような気がします。