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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

身体醜形障害

身体醜形障害(Body dysmorphic disorder:BDD)。一般に醜形恐怖症と言われる病気です。従来は顔だけに限られていたようですが、顔だけでなく身体全体にも意識の対象が広がったためこう呼ばれるようになったようです。

作業所にK文という女性がいます。彼女は顔に大きなシミのような痕があり、それによってかなり精神を病んだようです。彼女の口から、化け物と言われたとか、語られたエピソードには彼女のつらさが垣間見えるようでした。

私も醜形恐怖があります。私は何かの痕はありませんが、髭が顔全体に広がっていてかなり濃いです。剃っていても黒々と見えるぐらい。肌ごと削り取って真っ赤に腫れ上がっても髭の跡は黒く残り、完全に消えてはくれません。顔の彫りが深いことも手伝って、まるで異星人のような見られ方をします。

まず笑うだけで引かれます。そしてその風貌からか、人が近寄ってきません。初対面の人に話しかけてもほぼ不審者扱い。子供が私が来ると逃げていくというのは以前にも書いた通りです。そして性の問題。人が近づきたくない要素をたくさん抱えているためか、人間関係は苦労が絶えません。

小学生の頃は髭が生えていなかったのに、仕草や言動が男らしくなく、気持ち悪いと常に言われていました。人が来ない理由は髭だけが原因ではないみたいですが。

K文さんとは、友達がいなかったという点で共通点がありました。そしてお互い顔のことを気にしているということも。彼女の顔の痕は先天性のもので、私の髭は後天性のもの。でも、彼女は化粧ができるため、顔の痕はそれほどひどく目立ちません。対する私は黒々とした髭を隠すことができません。

私も彼女も顔にはかなりコンプレックスがあります。周りの反応はとても残酷で、それを気にせずにいることはできません。作業所では障がい者としてあまり顔のことで傷つくようなことを言われたりしませんが、一般のところに行けば話は違ってきます。そのとき、自分を保つのに自信がありません。

実際問題として、醜形恐怖はその人自身が自分の特徴を受け容れるしかないと思います。でも、それが難しいことは、醜形恐怖から解放されない自分にはよく分かっています。

K文さんは精神科医とどのように話しているのか知りませんが、顔の痕について真っ向から向き合って、ということはないと思います。別のことで顔の痕に焦点を当てないようにしているのだと思います。それなら、私も自分の顔が変わることを望むより、気を紛らわせて生きるしかないでしょうか。

K文さんはその後友達がいたようなことを言っていて二転三転しましたが、傷ついた心は今もなお残っているように思います。私は現在進行形で傷つきを抱えていますが、こういった醜い顔とどう付き合うか、あるいはどう焦点化しないか、いろいろと悩んでいるところです。