A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

カミングアウト

カミングアウト。してないなぁ。作業所では自分の性について何も言っていないため、一応男ということになっています。一応。これから先も、自分から自分の秘密について暴露することは多分ないと思います。

理由はいくつかあります。自分がみじめな思いをするからというのはありますし、プライドの高い自分のことだから、侮蔑されて見下げられるようなことを自分から言いたくないというのもあります。でもそれ以上に、自分が自分の性のことについて極めて曖昧にしているからです。

私の性愛の対象は多分男性です。女性の裸体を見ても全然ドキドキしませんから。でも「多分」と書いた通り、このへんのこともあまり直接意識しないように避けています。なので特定の男の人が好きだと思ったことはないと思います。

さらに厄介なことに、自分の性自認(自分で思う自分の性)についてですが、これもはっきりしません。つまり、自身の性別も性の対象も全て曖昧なままということです。どちらも男に近いとは思いますが、完全には一致しません。カウンセリングでは、「グラデーションの中の、ある部分の模様」というように表現したことがあります。

男か女かという質問は私には意味を持ちません。私は男でも女でもなく、性別の曖昧な単なる「人間」です。そうせざるを得ませんでしたし、どちらかに振り切ることも中間性と言い切ることもつらく、直面化しないように避けて通すことで生きてきました。

作業所でカミングアウトできないのは、言っても分かってもらえそうにないし、そもそも性的少数派に対してメンバーは皆一様に侮蔑的だからです。マツコ・デラックスはるな愛美輪明宏といった人を「あれはオカマでしょ。本当は男なのに。気持ち悪いわ」という発言を何度となく聞いてきました。

障がい者だから性的少数派を認めてくれるというのは大きな間違いだということに、作業所に入ってすぐに気づかされました。私が抱えてきた性別のほころびもきっと理解されないに違いない。侮蔑的な発言を、感情を鈍化させて流している中で、ぼんやりとそう思いました。

性的少数派の人が一体どんな思いで生きてきたのか、多分健常者も含めて誰も知らないでしょう。そして、きっと誰も知ろうとはしません。寛容なふりをしつつ、そういった人たちと自分との間に境界線を引いて入って来られないようにしてしまいます。

カウンセラーの先生だけが今のところ私の姿を知っています。ぼやけたまま曖昧にしてきた性別のこと、そして普通の「男」ではないことを。精神が性別未分化な子どものままであることも。

誰かに伝えるのも面倒です。表面上の付き合いしかしていないのなら、伝える意味もありません。私がもし、自分のことを心から表現できる「人間」ができたなら、そのときは、カミングアウトしたいと思います。