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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

嗜好品依存

雑記

作業所では今のところアルコール依存の人はいません。タバコの依存者は何人かいます。その依存度合も人によって様々。一日で1箱以上吸うという人も何人かいるようです。依存によって生活が破綻してはいないものの、やめられないという声をよく耳にします。

私は酒・タバコは嫌いなので、やりません。特にタバコの臭いは耐えがたいものがあり、その時点でお断りです。タバコは道徳観の強い私には悪者とか不良とかをイメージするものでもあり、好んで手を出そうとは思いません。

正直なところ、酒は飲んでみてもいいかなぁと思うことがたまにあります。酔ってはめをはずせるからです。思い切り笑ったり、歌ったり。酔って陽気になってみたい気分のときがあります。

酒を飲まないのは、父が酒で酔って母親にきつく当たり、母親が泣いていたときがあったからです。自分はこうはなりたくないという決意が今の酒飲まずの自分を作っています。まあ迷惑をかけるのはもとより論外ですね。

人に酒を勧められたら急性アルコール中毒でもどしたというありもしない出来事をでっちあげて断り、タバコを勧められたら肺が弱いからと断ります。何だか今もあまりこれらの嗜好品は特別やってみようとは思いません。

でも、酒にしろタバコにしろ、すでに依存している人にとってはなくてはならないものなんですね。作業所でも、実質タバコを吸いに来ているという人がちらほらいます。その人たちは、タバコを吸う以外の時間は手持ちぶさたで何もすることがなく、イライラしたり落ち着きがなくなります。

内職はしたくないけど、かといってやることもない。他の人との会話も盛り上がらないときは、またタバコを吸いに行ったり、帰っていきます。タバコを吸わない時間をうまく使えないようです。

こういう依存にはなかなか対処ができないようです。対処するということはつまり嗜好品を我慢するということで。その嗜好品を味わうことで暇な時間をつぶしている人にとっては、なくなると、途端に現実の味気ない時間と直面することになります。

嗜好品以外のことを楽しめる人はまだマシな方。それができない人はぐっと嗜好品依存の度合が高くなります。嗜好品が生活の大半を占めるようになると、生活のサイクルがそれなしでは成り立たなくなってしまいます。

精神科の出番というわけです。ひどい場合は入院させて嗜好品と切り離す強制措置がとられます。嗜好品は現実逃避の手段になっていて、現実から自分を守ってくれるものなので、引き離すのは大抵簡単にはいきません。

私は嗜好品にそれほどの価値を感じないので、暇な時間をぼーっと過ごすのも割と平気です。眠るのが好きなので、とろとろとまどろむのは気持ちよく、ついうとうとしてしまいます。

依存症の人は一体何が大変なんだろう。あえて嗜好品に近づきたいとも思わないので、想像でしかありませんが。

何事もほどほどでやめられる精神状態が健康的で健全な気がします。