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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

固執

私は他人の意見を受け容れることが苦手です。相手の方に間違いや非があると思ったら納得しませんし一歩も引きません。そのために、自分のものの見方に固執していると言われたことが過去に何度かあります。自分のポリシーを曲げるのはとても苦痛です。

口論が好きというわけではありません。根はとても小心者なのです。でも、「自分が正しい」と思うことは想像以上に多く、相手に攻撃されたら、負けたくないとがむしゃらに反発します。勝ち負けの意識が強いのだと思います。

だからなのか、私から離れていく人は数知れません。正義や道徳、倫理や常識でもって相手を批判・非難するため、自分で言うのもなんですが、好かれる人間ではありません。でも、周りに誰もいなくなっても、自分を曲げるぐらいなら死んだ方がマシとさえ思ってしまいます。

頭ごなしに否定する大人になりたくないという風な言葉をテレビで耳にします。残念ながら私はそういう大人になってしまいました。

少し話は変わって。地域活動支援センターでのとある集まりで、ひと際リーダー的なカリスマを持った男性がいました。私はその人が、偉そうな感じだったので元々嫌いだったのですが。あるとき、その人と話をして、口論みたいな応酬になってしまいました。

奥さんと離婚したショックで自殺未遂をした人ですが、その人は奥さんの方が離婚の原因を作ったと言いつつ、戻ってきたら許すというという話をし出したのです。自分に非はないと言いつつ、一方で仕事を追われ、子供まで養育権を奪われた、毎日泣いていると。

私は奥さんの話を聞いてみたらと言いました。でもその人は聞く気はないようでした。そして奥さんに愛情はないが、戻ってきたら許して元通りになると言いました。私は丁寧に話を聞いているつもりでした。でも、段々と話が進むにつれ、その人が自分の意見に固執しているような気がしてきました。

それで。あなたは自分で自分を追い詰めて一方的に苦しんでいると言ってしまいました。それからは議論の応酬でした。夫婦のことは君には分からないと言われましたが、私は負けじと、あなたも分かっていないと言いました。その人は奥さんの非に焦点がありましたが、自分の非についてはまるで見ようとしていませんでした。

最終的に君とは合わないと言われました。それから数度会ったぐらいでその人とは段々と同じ時間に会うことはなくなりました。

奥さんはなぜこの人と離婚したのだろう。奥さんが怒って出て行ったのに、この人はなぜ奥さんの言い分を聞かないのだろう。自分の主義・信条で奥さんを許せず、現実に悲観して自殺未遂まで起こしているのに、どうして自分の奥さんを憎む気持ちと向き合わないのだろう。

それでも、私が正しかったとは言えないようです。私もこの人と同じだからです。相手の気持ちを尊重せず、境界線を土足で踏み越えたことで彼を傷つけた。そのことは間違いないみたいです。

どうして正義感を振りかざして相手を常識にはめてしまおうとするのだろう。その人が間違っていると、友人でもない他人が言えた義理でもないのに。

今でも時々その人のことを思い出します。最終的に私と会わなくなったことが、その人を尊重することになったのかもしれません。