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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

母を支援する時期

私の母親はもう70近くになります。こんな歳なのに、まだ私はニートみたいな生活をしていて、多分に迷惑をかけています。でも、そうは言いつつも、母とは概ね感情的なやりとりになってしまい、ギクシャクとした関係が続いています。

母は過干渉な方で、朝食用に夕飯の残り物を皿に入れてくれるときも、ここに何々を入れておくから食べてね、といちいち確認してきます。あるものを適当に食べるので、別に聞いてもらわなくてもいいのに。というか、夕飯の残り物を食べるなら、それしかないだろうと頭にきます。

ちょっとしたことでも確認してくるのに、約束ごとは忘れたりやらなかったりしてあまり守ってくれません。その理由も、自分で勝手に考えたもので、こちらには何の了承もなしに進めるのでかなり腹が立ちます。母とは約束ができません。

こういう母ですが、最近気になることが出てきました。認知機能が落ちてきたようなのです。具体的にはトイレの電気を消し忘れたり、トイレットペーパーを流し忘れたり、トイレのドアを閉め忘れたり。台所ではレンジの開閉扉を毎回のように閉め忘れます。

他にも洗濯物を取り込まずに放っておいたり、使ったつまようじを折ったまま床やテーブルに置き忘れたり、レンジに入れた料理を出し忘れたり。気が付いた私は毎回のように指摘しますが、忘れてたと悪びれもせずに言い、洗濯物はこの頃帰宅した私が毎回取り込んで、母はありがとうと言うだけ。自分でしてくれません。

厄介事を全部押し付けられているような気がして、私は毎回イライラして文句を言いますが、母はごめんごめんと言うだけで全然改善する気配がありません。母の認知機能は衰えてしまったままです。

ふと以前に見た認知症の特集を思い出しました。母も高齢だし、わざわざあれできてないこれできてないとダメ出しや欠点を指摘するのは余計なストレスをかけるだけなんじゃないかと思い始めました。

でも、母とはだいぶ前から感情論の応酬で、なかなか老いを素直に受け容れられません。特に自分に被害がくるようになると、迷惑をかけないでよと、口には出さないまでも心の中で毒づきます。

認知症ケアのような支援する立場という現実に、頭では分かっていても、どうしても言動がついていきません。心の中では母を支援する自分をかたくなに拒否したままです。母の認知の衰えをサポートする役割にイライラしっぱなし。

母にはどうしてもらったらいいか迷っています。病院で認知機能検査を受けたり、軽度認知症の薬を飲んでもらうとか。あるいは母ができることに焦点を当て、できないことを責めたりしないとか。

病院はともかく、ヘルパーみたいな仕事、正直やりたくないので気が重いです。一年一年を一緒に暮らしながら、お互いの心はまったく離れたまま。機能不全家族で両親との関係を結びなおすこともしなかったので、この先どうなるか。不安でいっぱいです。

誰かに相談すべきかもしれませんね。とりあえず次回の診察の際に主治医に相談することにします。