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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

精神の危険な扉

雑記

前にも書きましたが、私は他人の意見を受け容れるのが苦手です。そうして自分でどうにかできずにとことん困ったことになるのですが。でも私としては、簡単に他人の精神性とぴったり同調してしまうのも怖いことなんじゃないかと思っています。

精神性の代表的なものを考えると、最初に芸術が頭に浮かびます。絵とか詩とか。詩は日常的に出会うことはあまりないので、音楽の歌詞といったものが現実的でしょうか。こういったものに触れるとき、アーティストの主張とか世界観といった精神性に触れることになります。

健康的な精神性なら問題はないと思いますが。例えばとてもグロテスクな絵━━例えば誰かが何かを壊すとか殺すとか。そういった残虐な感じの描写がされていたらどうでしょうか。

私はこういったとき、無意識に危険だと感じて距離をとります。人間の暗い部分をリアルに描写することが好きな人がいますが、その精神性に自分が脅かされるような怖さを感じるのです。

過激なロックや思想的な歌詞も受けつけません。そういったものを喜んでアーティストの魂を感じるとか、世界観を神だと賞賛するのも私にはできません。何だか強烈な刺激を通した洗脳のような、恐ろしい雰囲気が頭から離れません。

こういった思想的なものを浴び続けていると、本当にそれが正しいような気がしてくるんじゃないかと心配になります。普通の状態ならなんでもないことでも、精神的に参っている状態でこういったものに近づけば、引きずられるのは否めません。それが怖いので、最初から近づかなかったりします。

残虐性や暴力性のような見て分かるものだけでなく、狂信的な思想信条というのは、ときに思いもよらない形で近づいてきて自分の精神をいつの間にか解体してしまいます。そしてそういったものに同調した形でその精神性を受け容れてしまいます。

私はとりわけこういった反応に対する防御が強いです。むしろ過剰なくらい。なので簡単に同調はしなくてすんでいますが、だから安心とも言えません。私も心の病気があって、特定の条件で気持ちが揺れ動いてしまうことはあると思います。

そういったことを自分でも分かっているので、私が近づくのはいつも自分の中に侵入してこないような無害なものばかり。それも時間をかけて近づいていいものかどうかゆっくり見定めながらといった具合です。

自己啓発とかは全然ダメですし、感情表現がリアルすぎるものも躊躇します。自分の中でかなり動揺を起こすことがよくあります。しんどくならないように調整しているつもりです。

ただ、時々刺激が欲しくて、そういったある意味凄まじいものの扉の前に立ってみたりします。少しだけ覗いてみることも。

そういうとき、自分の心がそんなに強くないことを、ちゃんと覚えておかないといけないですね。精神性に触れて自分を見失うことも、確かに存在するわけですから。