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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

ひとには聞けないタチなので

以前カウンセリングのときにカウンセラーの先生に言われたこと。それは、「他の人に聞いてみた?」という質問。私があまりにも早く諦めて悲嘆しているので、先生がそんな風に聞いてきたと思うのですが。

他の人に指摘されるまでもなく、私は他の人に分からないことを聞くのが苦手です。それは、私が他の人に気持ち悪がられているということがとても大きな理由としてあります。質問した相手が嫌そうな顔をすることが経験として多かったので、他の人に聞くぐらいなら諦めるということが習慣になってしまいました。

普通は分からないことがあったら友達や先生や先輩に聞くものですが、友達はいませんでしたし、質問できるような先輩もいませんでした。強いて言うなら先生ぐらいなものです。でもその先生も、心配性で質問ばかりする私にうんざりしたり煩わしいといった態度を見せることがあって、そうしょっちゅう質問できませんでした。

聞きたいことは本当はたくさんあります。私にしてみれば、何から何まで知らないことだらけ。全部教えてもらわないと本当は不安で仕方ないのに。それでも、他の人に頭を下げて嫌な思いをすることに耐えられず、仕方がないので分からないことは放ったらかしのまま。

今はネットがあるので、分からないことは検索すれば大抵のことは出てきます。でも、それでも分からない場合、私には分かるまで待つ以外にとれる対策はありません。他人に人望がない私は、他の人に教えてもらうことができません。

分からないことができたときは、ひたすら頑張って調べるか、分からないからできないと諦めるか。単なる知識ならネットで大体は見つかるものですが、体験として知っていくようなタイプの知識はお手上げです。例えば、ある職場でどんな風に仕事をするのかということは、ネットで検索しても絶対に出てきません。

そういう知識は、大抵は所属するところでの先輩に教わっていくものです。そういった人に好かれれば話は早いのに。何となく人の輪の中に入っていきづらい私は、先輩に気に入られるという風な体験をしたことがありません。結局、そういった知識は誰かがやっているのを見て真似することで得るしかなくて。

誰にも何も教われない私は、世間の多くのことをまるで知りません。ファッションやどういったものが流行かとか。専門的なことも一般的なことも、いろんな人との交流で得られる知識は全て全て私の外にあって、取りに行けません。

ある意味常識的な私は、きわめて非常識。何かの輪の中に入れても、いずれ置いていかれないかととても怖くて。いつの間にか成長するにつれて、下着がトランクスに替わっていった男子たち。誰にもそのことを教われず、私は今も大人の服装ができないまま。

よく生きてこられたなぁ、私。きっとこれからも、誰かに聞くことは、私にはできない。