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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

他人に大事にされない私

前回病院に行ったという記事を書きましたが、あれから「他人に大事にぞんざいに扱われること」に対して敏感になってきました。医者だって人間ですから、合う人、合わない人はいて当たり前なのですが。もしかしたら私だけがこんな扱いなのかも、と猜疑心にかられてしまいました。

思えば他人との関係はいつもこんな感じ。私にサービスを提供しようとする人は、何かしら事務的で平坦な感じ。温かく笑顔で迎えてもらえたということもあまりなく、ほとんどが一時的な「お客さん」として扱われます。

客だから仕事だからとしぶしぶ相対しているような気がして。だからいつも何かをしてもらうときはとても嫌な気分になります。そういう思いまでして他人と接するのが嫌なので、他人との交流は避けることが多いです。

今の作業所は、準精神障がい者ということで、お客さんとしてではなく、精神疾患を持った人として迎えてくれています。まあ温かく迎えてくれているかは少し自信がありませんが。

作業所にいる間は他の人とも結構しゃべったりできます。でも外に出ると、誰も笑顔で迎えようとしてくれる人はいないので、私も「お客さん」であるところから外に出られません。

このあたりで社会との距離を感じるわけですが。自分では埋めようにも埋められず。あなたを受け容れないという雰囲気で、私も一時的にその場にいる以外は帰りたくなります。

他人に温かく受け入れてもらえた経験があまりないと、こういうところで問題が出てくるみたいです。心理学で言う、「基本的信頼感」というのが持てなかったのかもしれません。

私は他人にとって「大事でない人」でしかなく、そのために孤独になるのは仕方がないことだと思っています。誰かの「大事な人」になりたいと思っても、何だかよく分からないまま誰とも縁遠い感じになります。

私が社会の中で自由になるのは、今のところ作業所しかないわけです。でも施設のスタッフからは病気じゃないから働きなさいとか言われたりして。作業所の外の社会には、全く何とも縁を持てないというのに。

最近は冷静に分析をする自分というプライドを保つのがバカバカしくなり、すっかり感情の起伏に飲み込まれるようになってしまいました。非現実的な観念にも、簡単にバツをつけることができなくなって。

精神の状態が悪くなっているのは確かです。でも、それを支える私って一体何だったかよく分からないし、分かっても今同じようにあるのか分からないし。

他人に大事にされないでも、そんなこと気にしないと笑ってしまえたらいいのに。本当に私にとって大事なことを大事に守っていけたら。クヨクヨしながらそんなことを想像しています。