A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

優劣をつけるクセ

私には他の人と比較してしまう癖があります。他の人が褒められていると、その点と自分の能力とを比較して。自分の方が優れていると思うときは少しは落ち着いていられるのですが。自分の方が劣っていると思うときは、自分の方が上でないことを、いつまでも妬んでうらやましがって失望して落ち込んで。

人にはそれぞれ長所や短所があるもので、ひとりの人間が全てできることなどないというのに。他の人が目立っていると、自分の方ができるのにとか心の中で思うことがありますし、逆立ちしてもかないそうにないときは相手の人間性を批判して粗探しをしたりします。

自分の方が優れていないと優越感に浸れませんし、劣っている方に置かれると、居場所や人気を奪われたような気になって、とても孤独を感じます。私にとって自分が優れているということは、自分が目立ってスポットライトを浴びるためには大事なことで。

他の人が自分を脅かさないか、密かに探っている自分というのは、あまり好きにはなれません。いつもそういったことで他人と競争をしているような気がして、段々と自分にできないことが積み重なってくると、耐えられなくなってどこかに引きこもりたくなります。

私が私のままで受け容れられたという経験がほとんどないからでしょうか。付き合うのに何かメリットがあることを示さないと、誰も自分の方を向いてはくれないような気がするんです。

ある場面では他人が主役で、時には自分が主役になる。そういうことは人生では普通のことなのでしょうが。私は自分が目立つということにかなりこだわっていて、優れているということにとても神経質で、負けたくないと結構張り合っています。

友達がいませんでしたので、他の人の優れた世界というのを知らずに生きてきました。そういう意味でも、他人が優れていることを心から喜べませんし、何より我慢できません。

そこには自分の居場所を奪わないでとか、自分の方を見てという切実な願望が垣間見えます。

そこまで分かっていても、なかなかこの癖は消えません。気づいたら他人に勝った負けたの勝ち負け思考になっていますし、そこには優劣をつける癖が出ています。今の私は過去の私より多少はマシだと思いはしても、満足したと感じられないからです。

こうしていつまでも優劣を追い求めても、あとに残るものは何もないでしょうね。一時的な自己満足以上のものは手に入りません。自分にとって何が大事なのかも分からないなんて。

私という人間の色は、他人のいろんな色をやたら真似してゴチャゴチャで意味不明。自分の輪郭も自分がよく分かっていないという有様。

社会は優劣主義だから、そこに入るためには優劣に敏感なのは仕方がないかもしれませんが。私の場合は病的に過敏になってしまいました。

時には社会から切り離された私を眺めることも必要みたいです。