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A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

したいこと、生きること

この頃、年齢も30代後半にさしかかり、時々自分自身の希望の持てない人生について考えることが増えてきました。30代後半は平均年齢から考えても、もう半分過ぎてしまったのだと。

早く終わった方がいいと思いながら、一方でこのまま終わるのが無性につらくて。最近はなるべく、未来の不安より、過去の後悔より、今現在を一生懸命より良く生きることを中心に考えていますが。ふと立ち止まると、どんどんいろんなものがなくなっていきつつあることに言いようのない恐怖を感じます。

何を選ぶこともありませんでしたが、実は何も選ばないという選択肢を選び、ここまできてしまいました。

両親が死んでしまったらどうしよう。他の人にかわいがられない自分は生活保護も認められずに飢え死にするのではと、ないようでありそうな可能性に震えます。考えたら、社会人として働いたことはほとんどありません。

こういう自分を生かしていく方法を全く考えてきませんでした。精神科に通っている今もこういった状況は変わっていません。

他の人は生きていくために、勉強したり人脈を作ったり能力を高めたり、いろいろしているのに。私はどれもしてきませんでした。生きられる努力なんかしたくなかった。

今は社会のセーフティーネットに何とか助けられています。作業所に通うことで自分の居場所を作ることができたり。かりそめのものかもしれませんが。

死ぬまでにどうやって生きていくかというプランはもちろんありません。働く場所も見つけられないかもしれないし、他の人とつながることもできないかもしれないし、能力も知力も悲しいほど役に立たないかもしれません。

ただ、精神の病気になって死にましたではあまりにもつまらないので。自分がしたいことがないかなとか、楽しいこと、おいしいこと、いろいろ体験してからにしたいなという願望が湧いてきました。

だからといってそんなに金があるわけでもないので、楽しめることはそう多くはありませんが。時間はどんどんなくなっていってしまうので、生涯たった一人だとしても、自分を捨てないでいられる人生になってほしいと思います。

まあ、生きるためには働く必要があって、望む望まないにかかわらず、就労にはいずれ踏み込まないといけませんが。働くことの意味とか、生きるために働くことをどう自分のために結び付けていくかとか、難しいことは山のようにありますが。

おかまと言われて、男女の世界から出なければいけなかった私の人生。私は私のまま、性マイノリティーを飾らずに生きていって、なるべく喜んで生きられたら。

そうなったらいいなぁ。

そうなってほしい、と思います。かなうかかなわないかは、もうちょっと先の話。