A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

心のシグナル

普段から障がい者として作業所で過ごしている私ですが、作業所の人の大半は統合失調症という病気で、でもそのほとんどの人が薬で割と安定しています。ただ、そんな彼等を見ていても、ちょっと異常じゃないかと思う人がたまにいます。

以前にも少し書いたことがありますが、解離という症状を持った人です。病気の詳しいことはよく知りませんが、外から見ていると、やはり精神的に異常だという印象を持たれてしまいます。

私の家族にもこの解離の症状を持った人がいます。以前「退行」という記事で書いたことがありますが、姉です。姉は退行という状態が出てきますが、その他に、この解離という症状も出てきます。

一番強烈なエピソードが、母と出かけた際、バスの中で笑い始め、何やらおかしなことを言った挙句、その話を本人が後で聞いても覚えていないというもの。わざとやっているのではと再三疑ったものでした。

解離という症状があることを知るまでは。

幼児化したりする退行はまだ自分の言動を自分で覚えているものですが。解離は自分の言動自体が記憶になく、自分の意識と離れたところで起こっているようです。

こういう人がもし近くにいるとしたら。私は迷わず精神科を受診するように勧めます。もし放っておいたら、症状がもっと進んでしまうかもしれない、と思うからです。

解離は心の危険を知らせるシグナルだと思います。解離の状態になるということは、心が何か耐えがたいつらさを抱えていて限界寸前なのではないでしょうか。こういうときには理屈抜きで、信頼できる人を見つけてゆだねることが必要だと思います。

解離の人の症状が出るときは、心のシャッターが下りてしまっていて、意識が現実をキャッチしなくてすむように守っているのかもしれません。解離は耐えがたい現実から逃避する最終手段のような気がします。

姉はその後どうなったのか分かりません。結婚して家庭を持っていて、その情報はあまり私の耳には入ってきません。ただ、今でも心療内科に通っているという話は聞きました。否が応でも、精神療法的なアプローチは必要だと思われます。

自分の意識を手放すことがどういうことなのか、私には恐ろしすぎて想像もしたくありませんが。それをしてしまうということは、それだけ心が悲鳴を上げているサインなのだと思います。

こういうときには下手に現実と直面するようなことはしないほうがいいでしょうね。そして思い切り自分のことを話せる主治医を見つけることが回復への糸口になると思います。

自分自身を、大切にするために。

──それにしても、姉の耐えがたい現実って一体何だったんだろう。それは今でも謎のまま。