A leaf in a bottle

とある精神疾患者の日常

薄情な私

なぜか分からないけど。私は時々薄情になるときがあります。

話は少しさかのぼって。最近日本を縦断した迷惑な台風が、庭のミニチュアのような小さな木をいくつか、縦から横に倒してくれました。根本あたりから倒木してしまったらしいです。

その片づけを父が必死にやっていましたが、私は全然手伝いませんでした。

理由──理由は、考えてみたら、いくつかあります。

ひとつは父親と不仲なので、一緒に土木作業なんかしたくないこと。あと他に、たまの休日なのだから、ゆっくりのんびりしたいという気持ちがあったこと。近所の人に会ったりじろじろ見られるのが嫌だったこと。そして、土木作業なんて体力のいる仕事を汗かきながらやるのが面倒くさいということ。

最後のは、冷静に考えると、薄情だとは思います。

父親熱中症にかかりかけ、居間で横になっていました。それでもまた外に出て、枝を切ったり葉っぱを掃除したりしていました。

普通の父と息子なら、こういうときに協力してやるのも問題ないのでしょうが。私はなんかダメでした。どのみち私に頼んでくるような父でないこともないことも分かっていましたし。

そうして放っていたら、少しは手伝ってあげてもいいでしょうと、母親に小言を言われました。あんたは薄情なんだから、と。

私も突き詰めて考えると、なぜそうまでして必死に断るのか、自分でもよく分かりません。母親に情が無いという風にまで言われて、それでもやりたくない理由って何だろう。土木作業が自分の不得意な体力を使う仕事で、下手なのでプライドが傷つくからかな、とも思いますけど。

結局庭木の処理は父がふらふらになりながらほとんどひとりでやりました。母親は私がのんびり電話に出ていると、今(私の代わりに)やってくれているのだから、少しは配慮しなさいと言います。

家を守るとか、家の仕事をする、というのが私にはなんか苦痛で苦痛で。庭木の葉っぱが多くなってきて剪定するときも、こんな風なことになります。

極端に考えると、そんなに庭木で困るなら、全部引っこ抜いてなくしてしまえばいいじゃん、とか思ったりして。

あんたは家族のために何かしてあげようとは思わないんだね。割と小さな頃から結構言われてきました。自分のために労力を使うのはいくらかありでも、他人のためにとなるとなんかあんまりやる気が起こらない……。

もしひとり暮らしをするのなら、庭木のないアパートがいいなぁ。それもあんまり掃除の必要がないやつ。

家を守るとか家の仕事とかいう、どことなく「男の仕事」に従事するのは気が進まない、というのが私の本音です。